1977年度卒園 江端 淳 様
大麻まんまるこども園が50周年を迎えることを、心よりお祝い申し上げます。そして、現副園長先生とのちょっとしたご縁により、このような振り返りの機会を頂けたことを、大変喜ばしく思います。今年の3月、私は一足先に50周年を迎えました。振り返ってみると、大麻幼稚園での生活は、私が人として成長する転機だった。
入園時、私は他の友達よりも未熟だった。数字は10までしか数えられず、粘土はみんなが早々と作り終えているのを尻目に最後まで粘り、お遊戯では振付を覚えられず隣の友達を見ながらリズムに遅れて踊った。お絵描きでは、絵の右下に添える自分の名前(ひらがな)を先生から教わったが、ことごとく鏡文字(左右反転した文字)で書いた。そんな私だが、叱らずに優しく導いてくれた先生達、また、模範になる友の存在もあり、幼稚園生活を通して少しずつできることが増えていった(担任の先生が見せてくれた手品のからくりは、卒園前に種明かししてくれたにも関わらず、私には理解できなかったが)。卒園後の話になるが、小学校入学時には100まで数えられるようになり、高校では数学・物理が得意科目になった。粘土の技量は相変わらずだったが、お遊戯は高校や大学の学園祭でダンスに発展し、振り付けを担当するまでに至った。そして、自分の名前を鏡文字で書いていた園児は、今ではこのように文章を書いている。
繰り返すが、振り返ってみると大麻幼稚園での生活は、私が人として成長する転機だった。それも人生最初で最大である。優しく導いてくれた先生や模範となる友とのご縁を通して、私の世界が大きな円に広がり、人間としての価値観を育んだ瞬間であった。